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2007年2月18日 (日)

そういうもの

 中国に渡ってからもうすぐ11年になるが、最初の頃は全然人との出会いの運に恵まれなくて、くずみたいな中国人日本人に囲まれていた。2001年に北京同窓会に入ってからいい仲間に出会い、かなり運が開けてきて、友人や仲間に恵まれるようになって、それがビジネスなどに結びついてきた。だから私は今では、自分の出身校がとても好きである。

 ここ数ヶ月で、面白いことに過去を綺麗にするような出来事が起きている。先日上海に出張に行った際には、帰りの飛行機の搭乗口で、合弁時代に私を蹴落とした中国人女性とばったり会った。過去を思い出して一瞬嫌な気持ちになったが、私は蹴落とされてもこうして北京で生存し続けたのだし、着用している卸したての5000元のスーツで表現されるように、気持ちの上でも経済の上でも当時より発展している。だから「ここで彼女にすれ違えたのは、一種の復讐のチャンスなのではないか?」と思えたのだ。彼女はトイレで私の存在に気づいたのだが、目があった瞬間、たいへんにこやかにしたら、彼女は非常に悔しそうな顔をした。彼女は当時そのままのセンスのない格好をしていたのだ。彼女とは言葉を交わさなかったし、交わそうとも思わなかったが、ちょっと一矢報いた気持ちになった。

 昨日は夕方に友人のオフィスを訪れ、一緒に私が持参した寿司をつまみながら3時間半に渉りよもやま話をした。私は私がかつて酷い目にあったときに、私に対して「騙される方が悪い」と平気で言い放った日本人女性が許せないでいるのだが(もちろんたまに思い出すだけだけど)、なんとなくその話になったら、実はその友人は、その日本人女性を知っていて、やはり友人も彼女の被害に遭った事があるのだという。私は当時北京で日本人の知り合いがとても少なかったので、その日本人が私の人格を否定したことがとてもショックで、全日本人から否定されたような気持ちになったものだが、吾が友人の鋭い一言で、「私が悪いのではなく、彼女の人格が異常なのだ」ということを再確認できて、とても気が楽になった。女性の中には付き合う男によって善悪の分別もなく変わってしまう人がいるので、彼女もそのタイプだったのだろうと思う。

 中国駐在の当初、人間関係に恵まれなかったからこそ私は思うのだが、やはり自分を分かってくれるよい友達とは、必ずどこかにいるので、積極的に人と交流し、自分にあった人、良い友人を探しだしていく必要があると思う。人生はよい友達あってこそのものだと思うし、よい友人は必ず自分の事をみていてくれて、助けが必要なときには有益なアドバイスを与えてくれる。

 2006年末から現在まで、ずっと気に掛かっていた古い問題を片付けることができた。当初思っていたのとは別の方向に流れて、かなり思い悩んだが、最近になってやっと、友人達が言うように、一番よい形で決着がついたのだと思えるようになった。自分の運のなさを悲観して日本に帰って占い師に相談したいと思ったこともあるが、占い師よりも友人の方がずっと私を見てくれているし、的確な事も言ってくれる。とてもありがたいものだ。いろいろ嫌な思いもしたが、そういうのは蓄積して力になるのだろうなあと思う。

 中国赴任後5年間はずっと運に恵まれなかったが、最終的にはそれなりの結果を出すことができた。ビジネスも軌道に乗ったし、永住権北京の日本人で3人目の栄誉も得れたし、2008年には献血銅賞を獲得できる。運に恵まれなかった5年間には、自信を喪失し、自信のなさに悩まされたが、それを払拭するために、ビジネスや永住権、献血に取り組んできて、目的に達し、前よりは少しは自信をもつことができるようになった。これで前に進んでいけるのだろうなあと思っている。

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